スピーカー振動板の素材として長らく「失格」とされてきたガラスが、素材設計の根本から変わった。

日本電気硝子が命名した超薄板ガラス「Sonarion」は、何が違うのか。
スピーカーの振動板といえば、長らく
紙・樹脂・金属の三択
だった。
それぞれに個性がある。
紙は温かみがあるが湿気に弱く、金属は剛性が高いが独特の響きが乗る。
樹脂はそのあいだで使い勝手がいいが、どこか優等生的な無難さがある。
この「三択」に、ガラスという第四の選択肢が本格的に名乗りを上げようとしている。
目次
ガラスで音を出す」という呪われたアイデア

ガラスをスピーカーに使う試みは、過去に何度も行われてきた。
そしてそのほとんどは
「面白いが音が惜しい」
か
「音はいいが売れない」
という結果に終わっている。
ソニーが2008年に出した「Sountina(サウンティーナ)」は1台105万円。

有機ガラス管を加振器で叩いて音を生成する、見た目も仕組みも美しい製品だった。
ただこれは
「ガラスの鳴りを楽しむ」
デザインであって、振動板としてガラスを最適化したものではなかった。
高域のほとんどはガラス管下部の通常スピーカーが担っており、ガラスはあくまで「トッピング」だった。
2010年代に普及した有機ELテレビの「画面スピーカー」も同じ系譜だ。
映像との一体感は面白い。
音は「テレビ内蔵としては優秀」どまり。
「ガラス臭さというか、癖っぽいグラッシーな音に辟易していた。ガラスは内部損失が低く、固有の音的な付帯音が残り、強度も弱く、低剛性だという具合に、スピーカーには最もふさわしくない素材というのが定説だった」
「グラッシー」という言葉を補足しておく。
ワイングラスを爪で弾いた瞬間のあの余韻——
薄く透明で、シャリシャリと長く尾を引く音だ。
あれが音楽と混ざってしまうのが、従来のガラス振動板の本質的な問題だった。
ピアノの減衰音やヴォーカルの語尾に、素材の固有音がうっすら重なってしまう。
その原因は「ガラス」という素材そのものではなく、ガラスの「種類」にあった。
従来使われていた石英系ガラスは内部損失が低く、振動が熱に変わりにくい。
つまり鳴り止まない。
アルカリ系の超薄板ガラスはその構造が根本的に異なり、内部損失が大幅に高い。
ここにSonarionの出発点がある。
Sonarion(ソナリオン)——素材から設計し直した
2026年4月6日、日本電気硝子(NEG)はスピーカー用振動板に用いる超薄板ガラスの名称を「Sonarion(ソナリオン)」に決定した。
「Sonar(音)」と「Orion(オリオン座)」を組み合わせた造語で、澄んだ音色を静寂の中に輝く星の光になぞらえたという。商標出願中。

Sonarionの厚さは25µm〜200µm。0.025mmというのは、髪の毛の四分の一以下だ。
この薄さを量産できるメーカーは世界でも数社しかない。
NEGはその一社であり、加工は台湾のGAIT(Glass Acoustic Innovations)が担っている。

精密3D成形と化学強化処理の組み合わせで、ガラスでありながら激しい振幅や重低音にも耐える強度を実現した。
数字で見る、素材の差
振動板の音質を決める物理特性は主に3つ——
「音速」「内部損失」「比重」
Sonarionはこの3つのバランスにおいて、これまでの素材と何が違うのか。
音の伝達速度(音速)

内部損失(制振性)——
高いほど「鳴り止みやすい」

内部損失の表が示していることは明確だ。
Sonarionは「紙と同等の制振性を持ちながら、紙の1.8倍の音速で動く」素材ということだ。
アルミの損失係数の約7.5倍
従来の石英ガラスの約4倍の制振性がある。
これが「グラッシーな音」との決定的な差であり、「速くて、すぐ止まる」という振動板の理想形に限りなく近い。
ひとつ正直に書いておく。
現時点では低域の量感では既存素材に一歩譲る面もある。
実際のレビューでも「低域には多少の物足りなさ」という声がある。
現在の採用製品がツイーターや小口径フルレンジに集中しているのはその理由もある。
低域はウーファーとの組み合わせでカバーする使い方が現実的だ。
実用化の流れ—ここまで来ている
2025年1月
マークオーディオ「Alpair 5G」
HiFi用途として世界初のガラス振動板フルレンジユニット。
1ペア24,200円でクラウドファンディング展開し、2400万円超の支援を集めた。
「従来のスピーカーとは別次元」(月刊ステレオ編集長)と評された。

2025年5月
SIVGA「Que UTG」
世界初のガラス振動板イヤホン。15,980円で一般発売。スピーカーより先に、イヤホン市場で一般消費者に届いた最初の製品。
ポイント
これは、実際に買ってみた結果だが、高音とボーカルが綺麗に出ているなという印象。特にリバーブの広がりがよく出ていて、ステレオ処理が上手にされている女性ボーカルの楽曲を聞く場合に最適な印象。
現代クラシックで最新の技術でmixされている音源などにもよくあう。
ただ低音はそれほど強くないので、モダンなHi-Fiジャンルの曲にはあまり向かないかもしれません。
2026年1月
ノルウェーSEAS T27GL001-DXT

欧州の老舗ユニットメーカーSEASが、ドーム型トゥイーターにNEG/GAIT製の超薄板ガラス振動板を採用。
国内マニア市場から欧州OEMへ波及。
2026年4月
ブランド名「Sonarion」決定
素材としての実績を積み上げた上で、ハイエンド音響市場への本格展開を宣言。
「Sonarion搭載」がスペック表の一項目になる日は、そう遠くないかもしれない。
ライブハウスPAチームの評価
PAシステムへの波及はまだ先だろう。
ただ、イヤモニやスタジオモニターのような「正確さが命」の用途との相性はよさそうだ。
「音が消える時間が圧倒的に少ない」という特性は、ライブ音響においてもモニタリング精度に直結する。
ただこれからAIによる音楽制作が主流となる中で、EQ含めて表現できる音域が変わってくる可能性もあり、高音の表現も変わってくるかもしれない。
また遺伝子医療やLongevity分野の発展により人間の可聴域も変化し、復活したり伸びていく可能性もある。
「ガラスのような音」という言葉は、長らくオーディオの世界で否定的な意味で使われてきた。
薄く冷たく、余韻がべったり残る音。
Sonarionが市場に浸透していけば、その言葉の意味が変わるかもしれない。むしろ最高の褒め言葉に。
冬の星座の名を冠したガラスが、どんな音を鳴らすのか。実機を聴ける機会があれば、必ずここでレポートしたいと思っている。
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